吾輩は虎である『トラが語る中国史』

トラが語る中国史―エコロジカル・ヒストリーの可能性 (historia)

上田信『トラが語る中国史 エコロジカル・ヒストリーの可能性』

山川出版社(2002年)

 

 来年2022年の干支であるトラは、アジア大陸に分布するネコ科最大の動物で、絶滅したものも含め9亜種が知られる。そのうちの一亜種であるアモイトラは中国華南地方に生息していたものの、野生では絶滅したものと見られている。本書は、中国のとある村で駆除されたアモイトラの霊が、たまたまその場を訪れた歴史学者に取り憑き、トラの目から見た中国史を語るというトリッキーな構成の歴史書である。ヒトにとっての開発の歴史は、トラにとっては環境破壊の歴史となる。

 副題の「エコロジカル・ヒストリー」とは、動植物とヒトとの関係の歴史のことだという。本書では、気候・植生の変化、人口・分布の変化、トラの畏れ方の変化がどのように絡み合ってきたかを、大きなタイムスケールで描き出している。

 中国東南部には元々、山間地帯に転々と人々が住んでおり、北方の中国王朝からは一括りに「越」と呼ばれるまとまりだった。彼らは高地を好み、トラと遭遇することも少なかったと見られる。しかし徐々に流入する北方の漢族は低地を好み、耕作のため樹林を伐採し、また物産を求め森に入り込んだため、トラとの接触は増加していったようだ。

 東南部に本格的に人口の比重が移り始めたのは4〜5世紀ごろからである。これには気候の変化が影響している。寒冷化により、モンゴル高原にいた北方の人々が南下し、玉突き的に華北の漢族が南に進まざるをえなくなった。寒冷化のおかげで江南の低地ではマラリアを媒介する蚊もいなくなっており、漢族が移りこむ障壁は減っていた。彼らは労働力を動員し、交通網を整備し、灌漑治水を行った。また、荘園を多数おき耕地化を進めた。13世紀には中国の人口の60%もが南部に住むようになり、さらに戦に向けての造船や、紙・漆原料を得るために森に入り込むことも増えた。その結果トラとヒトとの接点は増える一方だった。

 最初こそヒトは、トラを「天が下した運命の実行者」として畏れた。ヒトに天罰を下す存在と捉えたのである。徳が足りないとトラが現れる、という考えは地方自治にも当てはめられ、正しい政治をすればトラは駆逐されると考えられた。人事を尽くしてもトラが現れるなら、「駆虎文」を出してトラを駆逐するよう祈願した。

 しかし、人口の増加、森林開発の激化に伴い、トラとヒトとの衝突は避けられないものとなった。1950〜1960年代には、ついにトラは害獣指定され、大虐殺の対象となった。生息環境も減ったアモイトラは、数を減らしていくのみだった。

 今年はヒグマの市街地への出現が特に取り沙汰された。ヒグマに語らせれば、そこにはどのような歴史があるだろう。野生動物との関わり・共存を歴史から学ぶことができるはずだ。