継続観察の力『サイチョウ』

サイチョウ―熱帯の森にタネをまく巨鳥 (フィールドの生物学)

 

北村俊平『サイチョウ 熱帯の森に種をまく巨鳥』

東海大学出版(2009年)

  「フィールドの生物学」第2巻は、前巻に引き続き熱帯アジアが舞台。今度はタイのカオヤイ国立公園である。

 書名のサイチョウは、ブッポウソウ目の鳥である。アジアやアフリカの熱帯における最大の果実食鳥類で、最大種のオオサイチョウで全長130cmに達する。嘴が大きく、まあ変な見た目の鳥である。


 その国立公園が公開している(と思われる)動画を上に示す。木の実をついばみ丸呑みにしているのがわかるだろう。本書の主題は、このように生物が木の実を食べることによって起こる種子散布を追ったものである。

 消化しきれなかった種が糞として排出されることで、遠く離れた場所まで樹木が分布を広げる、というのは種子散布の代表的な例だろう。ある動物種が種子散布者としてどれだけその樹木に有効なのかは、その動物がどれほどの頻度で訪問しいくつ実を食べるかという量的な観点と、散布先で種子が発芽するかという質的な観点の掛け合わせで評価ができる。

 しかしその調査は大変地道であることがわかる。その樹木にどんな動物が集まるかは、直接観察で確認するよりない。著者はハンモックに寝そべりながら朝から晩まで樹冠を観察する調査を長期間継続することで、このデータを積み上げていく。どれくらい食べられたかは実の数を計測し、消化後の種子の状態は糞から取集し観察し、どこに頒布されたかは追跡をし確かめ、発芽するかどうかの経過観察も必要だ。無茶苦茶である。

 書名のサイチョウの種子散布の重要性も明らかにされていく。大型の種子は、それを食べることができる大型の動物により散布され、サイチョウもその役割の一端を担うと期待される。著者はアグライアとカナリウムという2つの大型種子に着目し、その散布に果たすサイチョウの役割を追ったのだ。サイチョウ以外に木になった実を食べる種にリスがいたが、それらの頒布範囲は狭く、消化に少なくとも1時間をかけるサイチョウが散布者として最も遠くまで種子を運んでいると考えられた。面白いのは、地面に落とされた種子はネズミによって食べられ発芽することはないのだが、その実の樹木の下でなければ、食べられることはなくなる点だ。つまり、木から自然に落下した種子よりも、サイチョウに運ばれた種子の方が、被食によるリスクは低いかもしれないのだ。面白い。

 とにかく地道な調査の様子が淡々と語られるが、生態研究がどのような苦労の上で成り立っているかよく分かる良書だった。