ビジョンで惹きつけろ『経営の指針』

経営の針路―――世界の転換期で日本企業はどこを目指すか

平野正雄『経営の針路 世界の転換期で日本企業はどこを目指すか』

ダイヤモンド社(2017)

 

 冷戦後の(だいぶ)マクロな経済変化をグローバル・キャピタル・デジタルの3要素から読み取り、それに対する日本企業の現状とこれからが述べられたものである。

 大きく頷けるのは、長期思考を持ち、企業の価値感に従い組織の規律を保っていくべきというところだ。その価値観は、社会的意義を持ったものがのぞましいと思う。もはや企業は、国家とか政治以上に経済や暮らしに影響を与える存在でもある。それならば、社会をよくするための組織で働いていたいものだよね。前年比の売上でどうこう言われるだけの仕事ではうんざりするに決まっている。

 以下メモ。

 

グローバル

 冷戦の終結は、政治制度も経済状況も異なる西側・東側が結びついた巨大市場を作り出した。この巨大市場の成長を促したのは、BRICsに代表されるような、それまで低所得国だった新興国である。はじめはこれら新興国はローコストの生産拠点として発展し、既存の製造業は世界各所で分業されるようになった。

 発展した新興国は、新しい消費市場にもなった。企業のグローバル事業は、商品やサービスの現地化、製品の標準化・業務の集約化、競争優位性を確保するための差異化の実現の3つを戦略とし、それを実現するための組織作りをしていく。具体的には、優位性に事業を絞り込むコンパクト化、企業理念による全従業員の内的動機付け、さらにそのビジョン共有を前提とした組織のフラット化・ネットワーク化が挙げられる

 日本企業は、新興国を消費市場として攻略することに遅れている。自動車や一部家電での成功例に習い、日本市場で成功した商品をそのままの仕様で展開しようとしたことが多かったからだ。日本市場の縮小も競争力の低下に拍車をかけることになった。

 

キャピタル

 金融経済の話である。世界金融資産の伸びは世界GDPを大きく上回り、とんでもなく肥大化していることがわかる。証券化技術やファンド業態の発達がその背景にある。

 企業経営からしたら、保有資産の現金化の手段が増えたことで資金調達が容易になり、ダイナミズムが拡大することに繋がった。さらに買収手法の発達から少額の資本投下で企業買収が可能となり、M&Aが増加した。これには、グローバル化による広域化・分業化だけでなく、資金調達先が銀行から投資家すなわち株主に移行したことで、投資家側の利益になるような売却・買収が行われやすくなったことが影響している。

 こうなると重要なのは、資本市場と向き合って株主価値を創造するための、株主目線での長期的な資源配分策であるコーポレートストラテジー(全社戦略)となる。短期の事業計画とは別のレベルでの政策の追求も必要なのだ。

 さらに、企業価値を高めるにはノウハウや人材、企業文化といったソフトキャピタルを重視することが求められる。そのような無形資産が生むサービスこそが競争力や差異に直結するのである。

 日本企業は、従業員を大事にして長期経営を行うことを良しとする思い込みから、会社が株主の所有物であるということに拒否感を感じる場合が多い。このため分厚い手元資金を積み上げる傾向があるが、これは経営の変革を先送りにしがちという弊害にもなる。また、数字による強い予算管理の傾向もあり、このような数値責任は短期的な業績達成には有効かもしれないが、大胆な組織改編を行いにくくなる上、部門間の競争意識から協働に繋がらない。

 

デジタル

 インターネットからAIまで、デジタル技術の躍進は明らかだ。自動車や金融、エネルギーといった分野は、デジタル革命によってこれまでの産業展開が一気に陳腐化する可能性がある。企業は単にモノを生産して販売するのではなく、何を価値として訴求し回収するかというビジネスモデルの組み立てが重要になった。どのようなサービス経験を顧客にもたらすかが重視され、また顧客が直接それを評価し、評価内容がすぐ伝播するようにもなった。

 日本企業は半導体事業などでかつては世界をリードしていたが、そのポジションは奪われてしまった。これも、古いモデルに固執し、閉鎖的な組織としてしまったことの弊害であるようだ。

 

これから

 戦略思考に基づく経営を実践し、出遅れていた組織改革や人材開発に取り組むことだ。戦略思考は、企業の長期的な存在価値を見極めることから始める。これは、単に存続することを目的とするものとは全く異なる。

 戦略思考があれば、どこに何を投資すべきか明確になるはずだ。この時にハードキャピタルだけでなく、組織の仕組みや人材といったソフトキャピタルを重視することを忘れてはいけない。このソフトキャピタルにのみ、日本の独自性・競争力を担わせることはできる。

 戦略思考の実行には、サラリーマン的ローテーション人事は向いていない。経営者がある程度長期のオーナーシップを発揮することが必要だ。これは各部門の担当者も同様で、より専門性を深めることが組織のフラット化やコンパクト化につながると期待できる。この時、各自の規律となるのは数値目標でなく企業ガバナンスである。