渇望と虚しさ『ブッチャーズ・クロッシング』

ブッチャーズ・クロッシング

ジョン・ウィリアムズ『ブッチャーズ・クロッシング

出版社:作品社

訳者:布施由紀子

原著:BUTCHER'S CROSSING (1960年)

 

 1873年アメリカ・カンザス州〜コロラド準州を舞台にした小説。架空の街・ブッチャーズ・クロッシングにやってきた若者・アンドリューズは、「カントリーについて理解を深めたい」といい、バッファロー狩りに帯同する。ロッキー山脈にあるという絶好の狩場を目指す一行。飢えや渇きと戦いながら彼らが経験し得たものとは何か。

 ここでのカントリーとは、未開の自然を指す。これは、人の手に負えない大自然に放り出されたものたちの冒険譚でもある。心情描写はとても少ないものの、密に描かれた状況により、我々は容易にこの冒険を追体験できるだろう。汗で張り付くシャツや砂つぶの心地悪さ、川の流れの圧力と冷たさ、消炎の匂い、硬い毛で覆われたバッファローの皮を剥ぐときの張力、服の隙間に入り込んでくる雪の痛み。我々自身もあたかも極限環境に置かれたようになり、またそのことが「生きていること」の実感となる。

 こうしてダイナミックな「生」を感じた旅を終え、ブッチャーズ・クロッシングに戻ってくると、主人公と同様、驚くほどの空虚さを感じる。「生」の感覚が欠落したかのようだ。私たちは、自分の力の及ばないようなめまぐるしい環境の中で、なんとかもがいているときだけ生を感じることができるのかもしれない。生への渇望と、その虚しさを体感させてくれた一作。

人と機械のつきあい方『デジタルアポロ』

デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―

デビット・ミンデル『デジタルアポロ 月を目指せ 人と機械の挑戦』

出版社:東京電機大学出版局

翻訳者:石澤ありあ

原著:DIGITAL APOLLO: Human and Machine in Spaceflight (2008)

 

 自動車のクルーズコントロールって使います?アクセルを踏まなくても設定速度を維持して走らすことのできる機能。私はどうにも物足りないというか、自分の動作との乖離を感じるというか、むずむずしてしまうので使わない。一方で自動運転の波は押し寄せていて、人が運転するのと機械が運転するので安全性はどちらが高いか、あるいは同乗する人の役割とは何かが問われたりする。

 アポロ計画は、「何をどこまで人に任せるか」「機械との協業とは何か」を問い詰めた事例であった。宇宙飛行士とは、積極的に操縦に携わるパイロットなのか、あるいはただの乗客なのか。本書では、技術者とパイロットとが互いの領域に何度も線を引きながらミッションを設計していった様子が語られる。

 航空工学においては、「安定性」と「制御特性」が人と機械を捉える指標となる。安定性が高ければ人が操縦しなくても直線・水平飛行を続けることができるが、そこから外れるためには大きな力を必要とするため、反応性の高さを示す制御特性は損なわれる。パイロットは、制御特性を残し、自らの技術や集中力で飛行を統制することを望んでいた。

 ところが、ロケット打ち上げはあまりに短時間であるため、人が操作する隙は全くなかった。また、人を乗せることで湿気が生まれ機械故障の原因になったり、人がいる以上は必ず地球に帰還させる必要が出てきたりと、どうもデメリットが多く目に付く。アポロ計画では、自動操縦の組み込みや、地上からの操作制御が準備され、宇宙船内で人の操縦を要しない仕組みができていた。もはやパイロットは不要という意見も多かった。

 しかし結果としては、パイロットは生き残った。月に立つというミッションの目的も背景としてあったが、「機械のバックアップ」としての役割を担ったのだ。緊急時のバックアップを機械に担わせようとするより、人の方が重量を節約できたともある。

 結局、アポロ計画の月着陸では、全て自動制御はオフにされ、宇宙飛行士自身が期待制御を担った。これは、予定の着陸地点が岩石だらけで着陸には適さないと目視で初めて判断できることがあったためでもある。こうして人は、立派だが不完全な機械のバックアップとしての役割を得たのだ。

 アポロ計画の事例は様々な教訓をもたらしてくれる。現代では、人工知能など、機械との作業区分に関する課題は多い。そうした協業の際に、人の役割はどこにあるのか、またブラックボックス化した機構をどのようなインターフェイスで人の側に見せるべきなのか。アポロ計画で技術者とパイロットが苦慮し解決してきた問題が、いたるところに転がっているのである。

今月きいたもの(2019年2月)

James Blake『Assume Form』(2019年)

Assume Form

 ロンドンのシンガー・ソングライターの4枚目。奇妙さや冷たさは作品を重ねるごとに薄れている印象で、今作では肉感的な温かさもある。もろヒップホップな音も増えている。美しい荘厳さを秘めているのは変わらず、それは変わらぬ魅力。これまでの作品よりも、気軽に何度も繰り返し聴くことのできる好盤だと思う。



The National『Boxer Live in Brussels』(2018年)

Boxer (Live In Brussels) [帯解説・歌詞対訳 / 国内盤] (4AD0077CDJP)

 オハイオ州のインディーロックバンド。2007年の名盤『Boxer』の完全再現ライブの音源。バンドでのライブならではの躍動感が溢れ素晴らしい。ホーンもバッチリ入る。それにしてもボーカルのマットの声質の魅力たるや。

今月みたもの(2019年2月)

デイミアン・チャゼルファースト・マン』(First Man)2018年

First Man -Digi/Bonus Tr-

 僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号が月に行ったという話。IMAXで鑑賞。4DXにすればよかった。

 冒頭から観客は狭い飛行機に押し込められ、飛行テストの真っ只中に放り出される。飛行機はとてもコントロールできる状態じゃない。

 映画全体もそんな感じで、我々はニール・アームストロングの主観に押し込められ、その人生の追体験に放り込まれる。飛び立つ宇宙船の姿など、状況を俯瞰する画面はほとんどない。ニールと同様に、狭い窓から世界を見るしかない。

 無理やりニールと同じ視点になるわけだが、このニールという男、冷静すぎる上に感情を表に出さない。そのため行動原理を理解できないことも多い。娘を亡くした日に流す涙、仲間の死の知らせに無意識にグラスを潰す手、家族との関係性に戸惑う目に少し共感できたかと思えば、すぐに遠くに行ってしまう。ニールの人生は、我々にはコントロール不能な飛行機のようなのだ。

 そうしてたどり着いた月は、とても冷たい広がりを見せる。僕にはニールの心象風景のように見えた。国の威信とか、英雄的行為とかがあるわけではない。ニール個人の旅が、ただ淡々と描かれただけなのである。長い時間をかけ、月にぽっかり空いた穴に思い出を捨てる。一人の男の救済の物語だと理解すると、突然、ニールの人生が自分に近しいものに感じられてくるのである。

 

ロン・ハワードアポロ13』(Apollo 13)1995年

アポロ13 [DVD]

 アポロ11号の月着陸から約1年後に打ち上げられたアポロ13号の様子を描く。「輝かしい失敗」などと言われるこのミッション。波乱続きの状況で、果たして乗務員は地球に帰還することができるのか、というサスペンス。こちらはスッキリと英雄譚的な感動がある。

 

ロバート・ゼメキスバック・トゥ・ザ・フューチャー』1985年

ロバート・ゼメキスバック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』1989年

ロバート・ゼメキスバック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』1990年

バック・トゥ・ザ・フューチャー [DVD] バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 2 [DVD] バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3 [DVD]

 どれが好きかというと、PART3が好き。