またも良かった『母の記憶に』

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ケン・リュウ『母の記憶に』

早川書房(2017年)

 

 中国生まれ米国育ちの小説家による短編集第2弾。前短編集『紙の動物園』も信じられないほど面白かったが、今回もとんでもなく面白い16編が詰まっている。

 SF・ファンタジーに分類されるケン・リュウの作品の魅力は、様々な場所で言われるように、東洋的な質感、情緒あふれる内容であると思う。考えさせられるより、感じさせられるSFだ。あるいは泣かせるSFだ。近しい文化的背景を持つ日本の読者は特にそうだろう。

 以下、特に気に入った数編を。

 

烏蘇里羆

 冒頭のこの1編で引き込まれることは間違いない。特殊な機械技術(『鋼の錬金術師』のオートメイルみたいなものだ)の発展したパラレルワールドで、日露戦争終結後の満州を舞台に、金属製の義手を持つ日本人(エドワード・エルリックのようなものだ)が驚異的な戦闘力を持つ巨大なヒグマに復讐を果たさんとする物語である。

 虚実入り混じった舞台背景や、『羆嵐』の想起が、雪原で繰り広げられる戦いに具体性を持たせる。スピーディなアクションの表現も素晴らしく、頭の中で映像が流れていくようだ。ぜひ伊藤悠先生に漫画化していただきたい。

 

草を結びて環を銜えん

 1645年の揚州で実際に起こったとされる、清国と南明の戦闘における大虐殺を舞台としている。同じ主題は本書に収録されている『訴訟氏と猿の王』でも扱われており、どちらも歴史の表舞台には出ない市井の英雄を描写する。

 壮絶な環境の中で立ち振る舞う聡明な遊女の姿、またその姿を語り継ぐ付き人の姿には大いに心揺さぶられた。自身の持つ力量の範囲で、迷いながらも成すべきことを成していく様子が、ファンタジックな味付けでより強調され、奇妙な爽快感を伴って心に残る。個人的には本書で最も好き。

 

存在

 大切な親族と離れて暮らすという選択、いつでも連絡を取れるからと少しぞんざいにもなるような関係性について、私たちが明確でないにしろ普遍的に抱える後ろめたさに似た感情を、不可思議なテクノロジーを道具にして鮮やかに浮かび上がらせる。自分自身の状況と重なることも多かったので印象的。

 

ループの中で

 戦争と技術について。遠隔操作のドローンで攻撃をできるようになったとしたら、さらに無人化・機械化が施されたとしたら、戦争状況下で人を殺す行為と精神との分離は果たしてなされるのか、と考えさせられる作品。

 

万味調和 軍神関羽のアメリカでの物語

 ゴールドラッシュのアメリカを舞台に、中国人移民の老人とアメリカ人の少女との交流を、関羽の物語・精神性を交えて描いている。もはやSFでもファンタジーでもないのだけど、関羽の物語が次第に老人の人生に収束していく流れは見事だし、繊細な描写にも引き込まれる。

 

『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」

 飛行船が主要な輸送手段の一つとして採用された世界を描く。特段驚くべきことは起きず、中国からアメリカへのある1便への同行を淡々と描く。奇妙な状況ではあるが十分に思い描くことのできる様子が丹念に描かれており、なぜだか心地よい読後感を得られる。これも描写の力だろうか。