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持続可能性とおいしさ『食の未来のためのフィールドノート』

食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地 食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子

『食の未来のためのフィールドノート 「第三の皿」をめざして』

出版社:NTT出版

著者:ダン・バーバー

訳者:小坂恵理

原著:THE THIRD PLATE : Field Notes on the Future of Food (2014)

 

 

 2050年の食卓には何が並ぶだろう。海をいくら掬ってもウナギやクロマグロは獲れなくなっているかもしれないし、肉を食べるために飼料用の穀類農場が拡大の一途をたどっているかもしれない。今の食料供給システムでは生態系への負荷が大きく、いずれ破綻してしまいうる兆候は随所で見られている。ぼくらの食欲がいたるところに影響を与えている。

 

 「第三の皿」とは、著者が考え出そうとする、2050年にあるべき持続可能な食料生産を反映したメニューである。著者はNYにて農場併設の三ツ星レストランを経営するシェフだ。そのレストランはファーム・トゥ・テーブルを理念に掲げ、地元産もしくは自家製の有機食品にこだわって料理を提供してきた。

 しかしあるとき、そんなやり方でも現在のフードシステムからのがれられていないのではないかと不安に襲われる。レストランでのメニュー提供にあわせ、必要な食材を必要な分調達する。調達先が有機栽培農家に変わっただけで、農家は消費者優位に生産量を決めるとうい従来のシステムのままなのだ。

 持続可能な食糧生産システムそのものを反映した料理とはどのようなものだろう。それができたとして、それはおいしいものなのか。その料理を提供することで、シェフはどんな役割を果たせるのか。こんな疑問を出発点に、生態系と共存して食糧生産を行う現場を訪れ、時には自分の農場で実験もしながら、自分自身が満足して提供できる「第三の皿」を構築していく。

 

 第1章のテーマは「土」。肥料や農薬で無理やりに土壌特性を変えるのではなく、栽培する作物自身が土壌を肥沃に保つような輪作を行う農家を訪れる。いわゆる雑草の一つ一つにも土の状態を反映する役割を見出すなど、土壌菌や虫も含め、作物と土をとりまくあらゆる生物的相互作用を見極めて生産する様子が紹介される。土に目を向けることが、味の良いニンジンや小麦に繋がるのである。生き物の複雑な関係の中に農作物をいかに関わらせるか、有機農法の発展形が示される。

 

 第2章は「大地」。強制給餌することなくフォアグラを生産するスペインの生産者を訪れる。ここでは強制給餌そのものの是非が論点ではない。ガチョウの生物学的特性を利用し自然に肥大化させた肝臓の方がおいしく、またそれを実現させる過程でいかに生態系と生活共同体が理想的に融合しているのかを示す。これについてはTEDでの著者自身の紹介を見るといいだろう。

www.ted.com

 

 第3章は「海」。ここでは河口の湿地帯をまるまる使った広大な養殖場が出てくる。養殖場といっても基本は放任。魚は自然環境下で勝手に採餌するため給餌はしていないし、その養殖魚やその餌であるプランクトンやエビを食べにくる鳥類の一大生息地であり、密漁者が入ってきてもまったくわからない。保全区域を設けたら勝手に魚が育つのでそれを獲っているという印象で、非常に驚いた。養殖魚としてスズキを生息させているので、本来の環境を維持するという自然保護の視点とは異なるかもしれないが、すごくおもしろい取り組みで成果が出ている。これもTEDにて紹介されている。

www.ted.com

 

 最後の第4章は「種子」。ここまで昔ながらの方法で、かつて栽培されていた品種を蘇らせていくことが最善策だと考えさせられていたが、必ずしもそうではないと示される。大量生産を目指し画一的な品種が広がることは、脆弱性につながる。環境は常に変化していくものだ。品種をかけあわせながら、その土地ごとの特性にあった多様な品種を栽培することこそ、供給の安定性につながりうるのだ。

 この品種改良は育種家だけで行われるべきものではない。生産性だけでなく、味についての改良を考えるべきだからだ。ここでは育種家と生産者、そしてパン屋とが結びつくようなコミュニティを作る取組が紹介される。

 

 これを読むと、食の未来は必ずしも暗くない。持続可能な生産、自然との共存は困難な夢物語ではなさそうだ。しかしその実現のためには、料理のトレンドを作り出すシェフによる啓蒙、そしてなにより消費者側の意識の変化が必要だ。持続可能な食生活は、これまでより狭い範囲での供給システムの構築でなされる。いつでも好きなものを食べれるわけでなく、食卓に並べる各食材の比率は大きく変わる。

 「私たちはいつから子育てをするか」という教えが本書では紹介される。答えは子が生まれる百年前だという。食を支える土地を良い状態で残していくためには、長期的な視点が必要なのだ。今の食生活を続けると、百年後の大地はどうなるだろうか。

 そんな教訓的な理由だけが、持続可能な食への変換の原動力でないことも本書は示してくれる。古代種トウモロコシのポレンタ、天然フォアグラのパテ、自分の脂で焼かれていくボラのソテー、挽き立ての小麦で焼くパンなど、涎なしには読めない。最後にたどりつく「第三の皿」も、きっとどんな味か気になるはずだ。美味しいものを求めることも、持続可能な食への変革を促す大きな力になりうるのだ。