幸福のデザイン『愛の本』

愛の本 (ちくま文庫)

菅野仁『愛の本 他者との〈つながり〉を持て余すあなたへ』

ちくま文庫(2018年)

 

 幸福とは何か。その具体性は異なるものの、個人ごとのある一定の条件を満たすことだと著者は言う。その条件とは、「自己充実をもたらす活動」および「他者との交流」である。前者は、自分の好きなことを見定めて取り組むことで達成されるような、自分自身で完結を図ることのできるものだ。

 一方後者はどうだろう。自分の気持ちが受け入れられないことはしょっちゅうだし、意図しない印象を持たれることだって多い。と言うよりそもそも自分をどう受け取られているかわからないことがほとんどなわけで、自分でコントロールしきれない領域であるのが厄介だ。

 ところが、こう見られたいと言う欲求、あるいは俺はこいつのことを完全にわかっているという誤解を強く持ってしまい、自分以外の人間が他者であることをしばしば忘れてしまう。そうやって「よそよそしさのバランス」を取り間違えるがために、自分の思いと現実のギャップが広がり疲弊してしまう。

「このように私を見てほしい」といったこちら側の願いなんてあっさりふきとばしてしまうような存在、それが他者。

 じゃあ他者なんて知ったこっちゃない、とはならないことも本書は教えてくれる。「つながりの網目」が社会となり、社会は自己実現に大きく手助けしてくれることもあるからだ。他者とのつながりから逃れることは難しい。

 他者との関係は傷つくことばかりだけど、それでも「耐性」をつけて向き合っていくしかないと著者は言う。他者との関係の中に徐々に自分をさらけ出していく。そもそも他者とは完全に分かり合えることがないのだから、ちょっとでもコミュニケーションがうまくいったらどんどん自分に加点しよう。減点する必要はない。そうした心の持ち方を教えてくれる。その時に、自己充実をもたらす「ほんとうに好きになれること」が自分自身を支えてくれるということも。

 平易に、優しさに溢れる文体で書かれた本である。だからこそ、少しつまづいた時に何度も開きたいと思わせるような本である。