ゲノム編集がやってくる『ゲノム編集の衝撃』

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

NHK「ゲノム編集」取材班『ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

NHK出版(2016年)

 

 こんな報道もあったりして、いよいよゲノム編集技術と生活との接点が増えていきそうだ。そもそもゲノム編集とはなんなのか。研究が活況を示し始めた様子を追った本書は、その理解の助けにうってつけだ。 

 

ゲノム編集とはなにか

 ゲノムとはDNAの遺伝情報の総称である。4種類の塩基がコードする遺伝情報は、タンパク質の設計図となっている。生物の形や性質にも影響するこの設計図をいじることができたらどうだろう。

 人間は古くから品種改良という形で、この設計図を書き換えてきた。より収穫しやすく美味しい作物に、あるいはより従順で扱いやすい家畜にと、選別と交配を重ねてきたのだ。ガンマ線を照射して突然変異を引き起こそうという方法もあるものの、偶然に発生する変化を待つため、とても時間のかかる方法だ。

 1970年代に登場したのは、遺伝子組み換え技術である。生物の中から有用な機能をもった遺伝子を抜き取り、別の生物に挿入するというものだ。これはインスリンの生産拡大や、除草剤に強いダイズの生産などにつながった。しかし、こちらも偶然に頼った部分があり、必ずや期待した場所に遺伝子が挿入され、期待通りの機能が得られるというわけではない。やはりこちらも時間を要する。

 そして20年ほど前から扱われるようになったのがゲノム編集技術である。こちらは目的の遺伝子配列を探し出し、遺伝子を酵素で切断、その遺伝子が担っていた機能をなくしてしまう。品種改良や遺伝子組み換えのようにあてずっぽうなやり方ではないのだ。さらに、切断した部分に挿入したい遺伝子を持ち込んでおけば、切られた遺伝子の修復過程で希望の遺伝子を挿入することもできうる。こうしたゲノム編集は、2010年代にクリスパー・キャス9という技術が生まれたことで、より早く・簡単に・安価に実現できるようになった。

 

医療分野での期待

 ゲノム編集の適用が期待される分野の一つは、医療の分野である。

 例えば本書では、HIV治療への適用実験が紹介される。HIVは血液中の白血球に取り付いて増殖する。この時にHIVが足がかりにする白血球上の突起に関する遺伝子をゲノム編集で取り除き、HIVの増殖を抑えることができるというのだ。

 この他にも、筋ジストロフィーなどの様々な遺伝子疾患の治療での適用が期待される。しかしこのようなヒトへの適用を考える時、どこまでの改変を是とするかという議論は避けられない。下リンクの中国でのゲノム編集適用が問題となったように、自分好みのヒトを作るようなことがあって良いのか、倫理的な線引きが求められてもいる。

 

食品分野での期待

 冒頭の記事でもあったように、私たちの生活とゲノム編集との接点はまず食品から始まるのだろう。食料の生産性を向上する、栄養面を補強する、保存性を増す、扱いを容易にするといった目的のためにゲノム編集を適用できる。

 ゲノム編集は、これまでの品種改良や遺伝子組み換えに比べて安価であるのが利点である。運任せによる失敗の積み重ねは少ないし、一部の遺伝子機能を不活性にするだけなら自然界でも起こりうることなので、厳重に管理した上での品種開発をしなくてもいいかもしれないからだ。そうなれば、ゲノム編集品種は従来の食品との価格競争に負けることがなく、急速な広がりへの原動力になりうるだろう。

 しかし消費者としては、「食べても大丈夫なのか」というのが気になるだろう。特定の遺伝子機能を不活性にするだけならば自然界でも起こり得る。また、遺伝子組み換えと違い、特定の遺伝子配列だけに変化があるので、不測のことは起きにくい。これらをゲノム編集食品の安全性の根拠として挙げることはできる。一方で、やはり遺伝子を人為的に改変するのは変わらないし、長期的な影響評価はまだまだ必要かもしれない。

 また、そうした消費者に対し、食品の提供側はどのようなことをすれば良いだろう。そもそもゲノム編集食品を扱うのか、扱うとしてどうやって表示するのか、表示するとしても原料の品種までたどるようなトレーサビリティを確立できるのか。

 ゲノム編集食品を私たちはどう受容していくのか。そうした考えを深めていく助けとなる本だった。