渇望と虚しさ『ブッチャーズ・クロッシング』

ブッチャーズ・クロッシング

ジョン・ウィリアムズ『ブッチャーズ・クロッシング

出版社:作品社

訳者:布施由紀子

原著:BUTCHER'S CROSSING (1960年)

 

 1873年アメリカ・カンザス州〜コロラド準州を舞台にした小説。架空の街・ブッチャーズ・クロッシングにやってきた若者・アンドリューズは、「カントリーについて理解を深めたい」といい、バッファロー狩りに帯同する。ロッキー山脈にあるという絶好の狩場を目指す一行。飢えや渇きと戦いながら彼らが経験し得たものとは何か。

 ここでのカントリーとは、未開の自然を指す。これは、人の手に負えない大自然に放り出されたものたちの冒険譚でもある。心情描写はとても少ないものの、密に描かれた状況により、我々は容易にこの冒険を追体験できるだろう。汗で張り付くシャツや砂つぶの心地悪さ、川の流れの圧力と冷たさ、消炎の匂い、硬い毛で覆われたバッファローの皮を剥ぐときの張力、服の隙間に入り込んでくる雪の痛み。我々自身もあたかも極限環境に置かれたようになり、またそのことが「生きていること」の実感となる。

 こうしてダイナミックな「生」を感じた旅を終え、ブッチャーズ・クロッシングに戻ってくると、主人公と同様、驚くほどの空虚さを感じる。「生」の感覚が欠落したかのようだ。私たちは、自分の力の及ばないようなめまぐるしい環境の中で、なんとかもがいているときだけ生を感じることができるのかもしれない。生への渇望と、その虚しさを体感させてくれた一作。