苦難を乗り越えて『鳥たちの旅』

鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)

樋口広芳『鳥たちの旅 渡り鳥の衛星追跡』

NHK出版(2005年)

 

 小型計測機器を使い動物の移動や行動を計測するバイオロギング研究。本書はその最初期にあたる研究を紹介する内容と言えそうだ。

 鳥の中には、年中同じ場所にとどまる「留鳥」と、季節的に移動する「渡り鳥」がいる。渡り鳥は、春に渡ってきて日本で繁殖し秋に南方へ向かうツバメなどの「夏鳥」、秋に北から渡ってきて越冬するハクチョウなどの「冬鳥」、春と秋の渡の途中に立ち寄るシギなどの「旅鳥」に分けられる。この渡り鳥がどのような経路で旅をするのかを、小型の衛星発信機を取り付けることで明らかにしていく。

 鹿児島県出水で越冬するマナヅルの例を紹介しよう。3月ごろに日本を立ったマナヅルの一部は、九州の西海岸沿いを経て朝鮮半島へ向かい、韓国・北朝鮮の国境の非武装地帯に滞在、さらに北朝鮮東岸沿いに北上し、ロシアと中国との国境の三江平原に達する。彼らはここで夏の繁殖期を過ごすこととなる。渡に要する日数は17〜42日、総移動距離は1800〜2600kmに及んだ。大移動である。このような経路の確認は、衛星発信機により始めてわかったことである。

 なぜ鳥は渡りをするのか。それは食物を確保するためである。昆虫の数が季節的に変化するのが想像できるように、場所・時期ごとで好適な餌環境は変わる。このため、リスクを負いながらも長大な移動をしているのである。

 そんな渡りを追うのは容易ではない。衛星発信機を着けるのだって困難が伴い、鳥ごとに様々な方法が試みられている。先ほどのマナヅルをロシア側で確保する際には、広大な湿原をヘリコプタで周り、狙いを定めて飛び降りて抱きついて捉えるという、ジャッキー・チェンばりの身体能力が研究者には求められる。ようやく発信機を取り付けられたとしても、思わぬところで外れてしまったり、電波をなかなか拾えなかったり、高い衛星使用料を取られたりと、やはり苦難は続く。

 そんな苦労をしてまでなぜ渡りを追うのか。渡りの経路を知り、さらに保全に活用するという目的もあるのだ。渡り鳥はひとっ飛びで目的地に達するわけではない。その途中でいくつもの中継地に立ち寄り、休憩を挟みながら長い旅をするのである。こうした鳥を保全しようとすると、夏・冬に長期間滞在する場所の環境だけでなく、旅の中継地の環境も考慮しなくてはならないとわかるだろう。マナヅルでは皮肉なことに朝鮮半島の非武装地帯が重要な中継地となっているように、国を超えた保全対策が必要となるのである。

 発信機はさらに小型化し、また情報精度も上がっている。渡り鳥の生活を次々に明らかにし、地球規模での保全を考えることにつながれば、私たちは鳥に囲まれた豊かな世界を維持し続けられるだろう。