電脳じゃなくてもハックできる『つくられる偽りの記憶』

つくられる偽りの記憶:あなたの思い出は本物か? (DOJIN選書)

越智啓太『つくられる偽りの記憶 あなたの思い出は本物か?』

化学同人(2014年)

 

 私が私であることの証明を記憶に求めるならば、本書が示す内容は恐ろしいと思えるだろう。

 人の記憶は、あとからいくらでも歪められる。記憶は時系列に積み上がっていくものではなく、あとから入ってきた情報とも共存し、混同してしまうことがある。これをソースモニタリングエラーという。例えば人は、顔そのものは無意識に記憶するが、どこで見たかという記憶は忘れやすい。そのため、事件の目撃証言などでは、「どこかで見た顔」が、事件に関する質問をされたり情報を取得することで「事件現場で見た顔」にすり替えられることがままあるという。頭の中で想像することで、記憶が変容するのだ。おもしろいことに、記憶に対する自信と、その内容の正確さには全く相関がない。記憶は私たちの経験の拠り所ではないのである。

 同じような仕組みで、実際には体験していない記憶(フォールスメモリー)を形成することができる。「ショッピングモールでの迷子」を子供の頃に経験したはずだとして何度も想起させると、実際には経験していないのにも関わらず、次第に詳細が思い出される場合がある。これは、様々な記憶の断片が、想起しようとする「迷子」のエピソードの下で組み合わせられてしまうことで、偽りの記憶が作られてしまうためである。写真を見せるなど、具体的なイメージを持たせるとフォールスメモリーは形成されやすい。

 「生まれた瞬間の記憶」もこのフォールスメモリーで説明できうるという。人には幼児期健忘という現象があり、3歳までの出来事は記憶されないとされている。体験を記憶するとは、「いつ・どこで・どのように」からなるエピソード記憶を形成するということだ。面白いことにこれは言語の発達とも関係し、例えば「誕生日」という単語を習得しない限り誕生日の記憶は形成されないという。このため、幼児期の記憶は本来存在しないはずなのだ。出生直後の赤ちゃんの視力もごく低いものであり、生まれた瞬間の記憶というのは、親などから聞いた話を無意識に繋いで形成している可能性が高いのだ。

 よく催眠術によって幼児期の記憶を導き出す、というものがある。催眠とは、対象を暗示にかかりやすい状態に誘導する技術だ。退行催眠をかけると子供時代に戻る、という言い方をするが、実際は子供のように振る舞うようになるというのが正しいそうだ。暗示によって求められる子供時代を演じ、それに関する記憶をつなぎ合わせることが起こるのである。「前世の記憶」も同様で、前世の存在を信じるような環境では、以前に読んだり聞いたりした内容を使い、周囲の期待に応えるようにフォールスメモリーを形成していると考えられる。

 「エイリアンによる誘拐」も同様にフォールスメモリーで説明できるかもしれない。奇妙な不快感や悪夢を説明するための仮説として「エイリアン」を何度も想起することにより、次第にそれが正しいという思い込みが強くなる。こうなると、自分に都合のいい裏付けに注目してしまう「確証バイアス」も働き、フォールスメモリーが形成されてしまいうる。映画『未知との遭遇』のヒット後にエイリアンとの遭遇情報が急増し、また以降は映画に出てきたのと同様にグレイ型の宇宙人ばかりが報告されるようになったという例からは、フォールスメモリー形成に対する大衆文化の影響度合いを推し量ることができる。

 私たちのアイデンティティは記憶によって成り立つのかもしれない。しかし、その記憶自体は必ずしも事実に則したものではなく、こうありたいというバイアスがかかったものであるのがほとんどだとわかる。記憶との付き合い方を考えるスマートな本。