問題のある格差とは何か『みんなのための資本論』

Inequality for All [DVD] [Import]

NHK BS1 世界のドキュメンタリー

『みんなのための資本論』(2017/8/11放送)

Inequality For All(アメリカ 2013年)

 

 なんと去年の夏の番組を今更見ている。HDDへの保存は忘却と同義なのかもしれない。

 さて、このドキュメンタリーは、クリントン政権下で労働長官も務めた経済学者ロバート・ライシュが、カリフォルニア大学バークレー校で行った講義を元にしたものだ。「所得と富の分配に関して今何が起こりつつあるのか」「その理由は」「それは問題なのか」の3点が主題となる。

 学生向けの話なので、どう生きていくか、というメッセージがある。これに学生だけでなく、労働者や一部の富裕層が呼応する様子はぐっとくる。

 以下メモ。

 

格差があること自体が問題なのではない

 我々は資本主義経済の中で生きている。競争を基盤としているのだから、多少の経済格差が生じるのは当たり前のことである。では、その格差が問題となるのはどんな場合だろう。健全な経済と民主主義を維持しながら、我々はどこまで格差に耐えられるだろう。

 

アメリカで拡大する格差

 1978年の典型的な男性労働者の平均年収は約48千ドル、上位1%に当たる富裕層の年収はその8倍の約394千ドルであった。2010年になるとこの比はさらに大きくなり、富裕層の年収は約1,101千ドルと、典型的な男性労働者の年収約34千ドルの33倍になっている。典型的な男性労働者の年収自体が減少していることもわかる。

 2012年には、最も裕福なアメリカ人400人で、下位1億50百万人分を上回る資産を保有するようになった。富裕層の所得はここ数年でどんどん伸び続けているが、下位層では減少を続けている。

 

何が起きているのか

 歴史を振り返れば、所得集中は1928年と2007年にそれぞれピークを迎えていた。前者の後には大恐慌、後者の後にはリーマンショックが起きている。

 富裕層に所得が集中すると、銀行や証券への投資が増え、投機バブルが起きる。また、所得が伸び悩む中間層では借金が増え、債務バブルが起こる。これらによって経済不安がもたらされるというのだ。

 

中間層が経済を回している

 アメリカの経済活動の70%は個人消費によるもので、これは人口のボリュームゾーンである中間層に支えられている(※中間層とは、収入が全体の中央値の上下50%以内である世帯とする)。

 富裕層は高額な消費を繰り返し経済に貢献しそうだが実際にはそうではない。富裕層代表として出演する寝具メーカーCEOが「収入が人の千倍あったとしても、枕を千個買うわけではない」と言ったように、莫大な収入の分だけ消費されることはありえないのだ。貯蓄された収入は、投機によって国際資本市場の一部となるだけだ。

 富裕層が雇用を生み出しているというのも間違いだ。顧客たる中間層が消費をするからこそ、産業があり、雇用がある。

 

良い循環を生んだ歴史

 格差の縮小がなされた歴史は、第2次世界大戦後にある。政府は高等教育を最優先にし、公立大学を拡充した。1950年代半ばには労働組合結成も盛んになり、労働者は得るべき収入を手にするようになった。

 ここでは、生産性向上→賃金の増加→購買力上昇→雇用拡大→税収の増加→公共投資の増加→教育水準の向上→生産性向上→…と、好循環が生まれたのだ。

 

はたらけどはたらけど

 賃金は、1970年代終わりまではGDPの拡大にならい上昇していた。しかしそれ以降、GDPは伸び続けるのに賃金は横ばいになっている。

 この時期から、グローバル化と急速なテクノロジー発展が顕著になってきたという。生産プロセスは世界中に散らばり、大規模なビジネスは少人数で回されるようになっていった。企業は競争力を確保するために賃金を引き下げる。労働組合の解体までも行うようになった。

 賃金が伸び悩むと、女性の就労率が増えた。はじめは短時間労働が主だったが、次第にフルタイムへ移行する。そうやって世帯の生活水準を維持しようとしたのである。

 しかし家計費(住居費や医療費など)は上昇を続ける。生活を維持するため、最後の手段として住宅資産の現金化が広がり、これが借金バブルにつながった。しかしこのバブルは2008年についに弾けてしまう。

 ここでは悪い循環が生まれてしまった。賃金の伸び悩み→購買力の低下→企業の人員削減→税収の減少→政府予算の減少→教育水準低下→失業率上昇→…。

 この20年、これに対する抜本的な解決策は打たれていない。富裕層に対する税率も引き下げられてしまっている。

 

民主主義への影響

 経済格差は民主主義に影響する。2010年に、アメリカの最高裁判所は企業が行う政治献金への制限は憲法違反と判断した。これによって、企業は、カネで政治を、民主主義を買えるようになってしまった。ほんの一握りの富裕層の権力はさらに大きくなってしまうのである。

 

私たちはどう生きるべきか

 将来は真っ暗なものだろうか。階級闘争が起こるのだろうか。しかしこれはゼロサムゲームではないので、金持ちはきっとうまくやるだろう。

 歴史は前向きな社会改革には味方をしてきたと、ライシュは言う。失業保険、社会保障公民権運動、環境保護活動などがそうだ。社会的発展を疑いたくなれば、歴史を振り返ればいい。誰でも、私たちでも社会を変えることができるというメッセージで締めくくられる。