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未来につなぐ『二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ』

二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ

 

中村浩志『二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ

農山漁村文化協会(2013年)

 

 長野のお土産の代表といえば「雷鳥の里」。パッケージにも堂々と描かれるように、アルプスを代表する生き物だが、彼らが置かれている状況はあまり良いとは言えないようだ。本書は、日本鳥学会の会長でもあった中村浩志博士が行ってきた調査に基づきライチョウの生態を丁寧に紹介し、これを通じて日本の高山環境がいかに大切であるかを説いたものである。

 中村博士によるライチョウ調査は2001年から始まった。まず行われたのは乗鞍岳での標識調査である。足環をつけて個体識別し、行動、分布などを質的・量的に明らかにしようとしたのだ。足環をつけるには捕獲が必要なのだが、この方法がまさに「釣り」で面白い。人を恐れないライチョウではあるが、捕獲には紆余曲折の困難があったことがコミカルに記される。

 2005年には乗鞍岳での標識も完了し、いよいよ本格的な調査がなされ、ライチョウに関する基本的な情報が蓄積されていく。ここでわかったのは、いかにライチョウが日本の高山環境に適応しているかということである。

 例えば、ライチョウは年に3回も換羽するという。年に2回、冬羽と夏羽に換羽するのはよく聞くが、3回とはどういうことか。雪で覆われる冬には真っ白な姿、繁殖期である春〜夏は岩や枯草に似た色に、さらに紅葉の始まる秋にはくすんだ黒褐色になる。いずれもその時期ごとの環境・行動に応じた保護色となっていることがわかった。雛の保育をするメスと、それには関わらないオスとでは換羽開始のタイミングや期間も異なる。

 ライチョウの産卵数は、北の諸外国のライチョウ類のものよりも少ない。草の根元や岩の隙間に巣を作る海外と異なり、日本のライチョウは外部からの侵入の難しいハイマツの茂みの中などで抱卵するため、孵化成功率が高いためではないかとのことだ。しかし孵化をした雛の数は生後1か月で半減する。これは、オコジョやキツネ、カラスといった天敵の存在や、雨や気温といった天候によるものであるそうだ。

 日本におけるライチョウの生息数は、2009年までの調査で約1,700羽と推定された。1984年時点の3,000羽からは大幅な減少である。この要因は様々であるようだが、恐ろしく感じられたのは温暖化の影響である。高山帯の気温上昇は、ライチョウが縄張りを作れる環境を減らしてしまう。仮に気温が3℃上昇してしまえば、ほぼ絶滅状態になってしまうという。

 また、本来低山に生息していた大型野生動物の侵入も問題である。ニホンジカニホンザル、イノシシといった動物は、ライチョウの餌となる植物に食害を与えてしまう。さらにこの本の出版後の2015年には、ニホンザルライチョウの雛を捕食する場面が確認され、より直接的な影響も明らかになった。

 かつて最終氷期に大陸から渡ってきたのち、上昇する気温に押し上げられる形で限られた高山帯へと生息地が絞られていった、世界最南端の地に生きるライチョウ。彼らは高山環境への見事な適応で二万年を生きてきただけでなく、山岳信仰を背景に「神の鳥」として人間に崇められながらも生きてきた。そのライチョウの危機に対し、積み重ねた生態情報をもとにどんな保全を実施できるだろうか。