愛をAIに乗せて『アイの物語』

アイの物語

 

山本弘『アイの物語』

角川書店(2006年)

  語り手であるアンドロイド・アイビスの愛称であるアイの物語であり、人工知能AIの物語であり、虚数項iの物語であり、そしてヒトと物語に対する愛の物語である。

 遠すぎない未来においてアンドロイドの語る7つの短編で組み立てられた、一つの長編小説になっている。そこで語られる主題のひとつは、人工知能とヒトの関係性である。『鉄腕アトム』の青騎士、『ターミネーター』のスカイネットなど、知能を持ったマシンはいずれヒトと対立する未来が描かれることが多いが、ここでは別の共存の道が示される。

 印象的なのは『詩音が来た日』という一編だ。老人介護用ロボットの試験機として介護老人保健施設に配属された「詩音」と、その教育係となった「私」の物語である。仕事を経験し、多くの老人や職員と触れ合っても、詩音が人間らしくなることはない。マシンとして思考をし、マシンとして存続するための行動原理に従う。人よりも明らかに論理的・倫理的に正しい判断ができる彼女に言わせれば、「すべてのヒトは認知症」である。マシンとヒトは、全く異質な存在なのだ。しかし彼女は、その知能の獲得過程で得た「ヒトの命令を正しく実行する」という、いわば本能から、我々異質なヒトを全く別の存在としてその全てを許容する存在になることを選ぶ。全人類の介護者になろうというのである。

 ここでのマシンは、ヒトの敵にはならない。彼女らの行動をヒトの目線で見れば、マシンに宿っているはずもない愛が見える。ヒトへの愛だ。この物語からは、ヒトとマシンとの間にできるうる関係性に、新しい認識をあたえてくれる。実際の介護業務の描写にリアリティがあるため、近未来にあり得る日本の姿として、よりすんなりと受け入れさせる力がある。

 もう一つの愛は、物語に対して捧げられる。「フィクションだけど、真実より正しい」とは、本書の語り手・アイビスの言葉だ。『詩音が来た日』を読んでみれば、その言葉の意味を、物語の力を強く感じられる。