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そこに愛も生まれる『そもそも島に進化あり』

そもそも島に進化あり (生物ミステリー)

 

川上和人『そもそも島に進化あり』

技術評論社(2016)

  3年前からの火山活動により面積を12倍の2.7㎢まで広げた小笠原諸島西之島。噴火後初めての調査が行われたと報道するテレビの中で、「これ、アカツラカツオドリの大人ですね」と語っているたのが本書の著者・川上和人氏だったので、えらく驚いた。著者が本書で語っていた「夢」が現実になろうとしているではないか。

 同出版社の生物ミステリーシリーズでの前著『鳥類学者、無謀にも恐竜を語る』での姿勢は崩さず、本書でも冗談交じりというか、冗談だらけでありながらも真面目な生物学の話題を取り扱う。今回は著者の専門分野を扱うとあって、十分に咀嚼された内容が軽妙すぎる語り口で書かれており、大変わかりやすい島嶼生態学入門書である。ただし、どこまでが冗談か判断する常識力は試されている気がする。

 島と聞いてまずは白い砂浜や海辺の女性を思い浮かべたりするものだが、生態学においては「海により隔離されていること」と「相対的に小さいこと」が重要であると示される。これが島の生態系を各々特徴的なものにするのである。過去に大陸と地続きであったか否かという島の成り立ちも、その島の生物相を決める上で大きく影響してくる。

 新しく誕生した島に生物が移入していく過程には波や風に乗るというものがあるのだが、鳥類学者である著者の贔屓目を差し引いても、鳥類の果たす役割が大きなことがわかる。植物の種が羽に付着したり被食されることで運ばれることは知っていたが、多くのカタツムリが鳥の背に乗って長距離移動しているという事実には驚かされた。また、新しい島でおそらく最初に繁殖するであろう海鳥は、巣材を運んだりフンをすることで、島の土壌を豊かなものにしていくと考えられる。島は鳥で作られるのかもしれない。

 こうして生物の定着が始まった後が、島嶼生態学で最も面白い部分ではないか。様々な生物が移入を図るとしても、「海により隔離されている」ため、陸生ほ乳類や両生類、ミミズなどはいないし、移入した種も元の集団のごく一部。最初は種数も個体数も限られ、大陸に比べればアンバランスな生物相の中で進化が進むのである。その上「相対的に小さい」ことから、生物が利用できる資源の量も幅も限られるため、移入前と同じ生活を続けていては頭打ちになってしまう。そんなわけで、大陸とは異なる固有種の多い生態系が島で生まれるのである(とはいえ、すべての固有種が進化で生まれるわけではない。これをザシキワラシとカッパを例に解説する部分は秀逸だ)。島ごとの特徴の違いはこうして大きくなるのだ。島の生物において少産少子化、体サイズ変化、移動性低下が進む様子やメカニズムはとても興味深い。

 こうした大陸とは異なる特性の小さな生態系は、外来の捕食者や病気などへの耐性を持たない場合が多い。人為的な外来種の持ち込みが、せっかくの特徴ある生態系をあっという間に崩してしまいかねない。しかし容易に駆除すれば良いというものでもなく、保全の難しさが語られる。

 そして最後に語られるのが著者の「夢」である。自分の島を創生し、そこに生態系が形成されていく過程を、始めから順を追ってつぶさに観察するというものだ。これ、もしかして西ノ島で実現できるのではないか。本書を読んだ今、読者は西ノ島に著者と同じ夢を重ね合わせるはずだ。あの島には安易に近づき人の手が入るべきではないだろう。そうすれば、本書で知ったわくわくするような生態系形成のプロセスを追体験できる、素晴らしい実証の場となるはずだからだ。本書の目的は島を好きになってもらうこととある。少なくとも僕は、現時点では荒涼としている西ノ島が大好きになった。

 さて、本書の素晴らしさを増幅するのが、えるしまさく氏によるイラストの数々である。どれも緻密で綺麗な線画なのだが、「ブランデー片手の美女」など、なぜその部分をわざわざ図示しなくてはならないのか最後まで疑念が残るものも多かった。その後、とある機会に著者の川上氏の講演を聞く機会があったのだが、全く無意味に美女の写真が差し込まれるスライドを目にし、そうゆう事か…と一人納得したものであった。