撹乱と保全『巨大津波は生態系をどう変えたか』

巨大津波は生態系をどう変えたか―生きものたちの東日本大震災 (ブルーバックス)

 

永幡嘉之『巨大津波は生態系をどう変えたか 生きものたちの東日本大震災

講談社ブルーバックス(2012)

  2011年の東日本大震災に伴う津波は、人間社会にとっては災害であり、東北地方の沿岸生態系にとっては大規模な撹乱であった。本書は自然写真家でもある著者が震災直後の4月から続けたフィールドワークの記録である。

 津波による撹乱は、①波による物理的破壊、②淡水域・土壌への塩害の大きく2つのプロセスを経て起きたようだ。津波は砂丘を洗い流し、沿岸林をなぎ倒すことで、ハンミョウやクモ、海浜植物といった生物の生息地を奪った。海岸から数km内陸まで到達したという海水は湖沼に入り込み、淡水性の魚、カエルやトンボ、さらにその卵までもが高まった塩分濃度で死滅することがあった。土壌にしみこんだ塩分は多くの樹木を枯らした。これらの生物の中には、絶滅危惧種や東北では珍しい種がいくつも含まれているそうだ。

 生態系の撹乱は、自然環境を主眼におけば必ずしも悪いことだけではない。撹乱により開かれた空間は、新たに様々な生物への生息場所を提供し、多様性を再生・更新するプロセスを発生させるからだ。本書の中でも、津波から約1年が経過した時点で、一度は生物がいなくなった場所に様々な生物が入り込んできている様子が記録されている。

 さて、生態系保全においては、撹乱に対し生態系はその影響を吸収し、再び変質することなく回復できるだけの力を生態系にもたせておくことが理想的なアプローチともされている。本書のもう一つの主題はこの部分にあると感じた。

 「豊かな自然」と謳われた東北ではあるが、津波はその考えを否定するような状況を露わにしたとも言えそうだ。海水が流れ込んだ池に浮かんでいたのはヘラブナクサガメウシガエルという国内外からの外来種だった。沿岸の湿地帯に生息していた絶滅危惧種は、そもそも湿地帯を田畑にすることで生息地が狭められた結果絶滅の危機に瀕しており、今回の津波は飛び地のようなわずかな生息域も破壊してしまった。人間の土地利用は生態系撹乱の規模を押し広げ、その回復を妨げているのかもしれない。そんな中で急がれる復興事業では、環境アセスメントは特例としてないがしろにされている。

 しかし、生態系保全の重要性が非常に高いことは言うまでもないとしても、震災後の状況でそれを訴えるべきかは著者も苦悩している。多くの人の生活が破壊され、それを早く元に戻そうとしている中で、小さな昆虫や植物に対しても人的・金銭的資源を振り分けろと言えるだろうか。発電機でライトをつけて夜間の昆虫調査をすることを、近隣の住宅地への電気供給がまだ復旧していないことへの配慮から取りやめるシーンは印象的だ。

 復興にあたり、自然にはどのように目が向けられるべきなのか。その時に目指す姿は、震災前の状態か、さらにそれ以前の「豊かな自然」の状態か、全く別のものなのか。またこれが東北以外の場所だったらどうだろう。このような撹乱に対しての自然保全とは何か、様々な課題が鋭く突きつけられる読書であった。