川ガキのすすめ『川の名前』

川の名前 (ハヤカワ文庫JA)

 

川端裕人『川の名前』

ハヤカワ文庫(単行本:2004年)

  物語はよくあるジュブナイル小説だ。夏休み、少年たちが突然現れた見慣れぬものに出会うことをきっかけに冒険を繰り広げ、成長を遂げるというものである。話の着地点だってだんだん先読みできるくらいだ。

 それでもこの小説が特別である理由は「流域思想」だ。この地球の中で、自分がどのような自然環境の中で暮らしているのか、その区分けの最小単位を「流域」とするならば、自分の住所を示すものこそ「川の名前」であるとする考えだ。物語の主人公は多摩川・野川・桜川の菊野と名乗ることで、桜川の流域人であることを伝える。

 流域思想を広げたのは、岸由二氏である。自然環境の保全が叫ばれて久しいが、多くの人が南極やアマゾンに思いをはせるものの、私たち自身の足元の自然についてさえ理解を深めていることは少ない。自身が属する地域の自然環境は市町村の境界で区切ることができるものではない。ならばその地域は、河川の流域という景観の単位によって規定するのが良いのではないか、という思考だ。自然の中に住所を持つことで、足元を意識するようになる、というわけだ。

 河川が面白いのは、入れ子状になっていることだ。私の属する流域はある川の支流流域であるかもしれないし、それはさらに大きな川の支流であるかもしれない。自分の流域を流れる川はさらに大きな流れにつながり、いずれは海へと流れ出て世界につながる。自分の足元の環境が南極にもアマゾンにも広がっていくのだと川を通じて感じた時、突然視界が広がるだろう。

 本書の主人公は、近所の川に現れたあるものによって川とのつながりを深め、流域人としての意識を強めていく。私たちも物語を通じて足元の流域の自然に徐々に目を向けることになるが、決して押し付けがましい自然保護の思想はそこにはない。主人公の前に現れるあるものは外来生物であり、それでも彼らはそれをしの場所に止めようとするのだ。そこにあるのはただ瑞々しい川ガキの姿であり、それによって僕たちは流域人への憧れを抱くのである。