冬の栄養『長い旅の途上』

長い旅の途上 (文春文庫)

 

星野道夫長い旅の途上

文春文庫(単行本:1999年刊)

 北海道の冬は厳しい。移住して8年、その思いは年々強くなる。途切れることのない真冬日や、しんしんと降り積もる雪もそうだが、私にとっては日照時間の短さこそが最もつらく感じる点だ。その上私の住む街は冬の間ほとんど曇り空であり、より気持ちを沈められていく。

 昼間でも照明が必要な暗い冬の部屋、ごうごう唸るガスストーブの前でちまちまと読むのが星野道夫のエッセイである。恥ずかしながら彼の写真集は一度も開いたことがないのだが、著作についてはほぼ全て読んでいる。読み始めるようになったのは、北海道に移住した後、今から3年前からだ。

 私は彼の文章から、冬への新しい視点をもらいたいのだと思う。マイナス50℃の極北の環境、そこに生きる、人を含めた様々な生き物。繊細に描写されたその美しさは、窓の外の雪景色への印象を変えてくれる。冷たい空気を吸いに外へ行こうか、少し森の中を歩いてみようかと、冬に対する積極的な気持ちが湧き出てくる。

 そして、生命が噴き出る春への待ち遠しさが膨らむ。暗黒の中だからこそ少しの光でも求めるように、アラスカの人は春を待ち焦がれながら冬を越すのだという。しっかりと冬を越してこそ、春の光は強くなる。星野道夫の春の描写は、だからこそことさらに美しいのかもしれない。春になったら私は何をしようか。

 

 星野道夫の著作で繰り返されることの一つは、日常の中で、遠く離れた土地で全く違う生き物の日常が同時進行していることを思える幸せだ。星野氏の場合は、東京の電車の中で思いを馳せた北海道のクマがそれにあたる。私の場合は何だろうか。本書を読み終わった今では、アラスカのムースだろうか。しかし不幸なことに、私はそれに憧れるだけでは満足できない。違う世界の日常を訪れてみようという原動力にもなる一冊ではないか。