ダークヒーロー『悪魔くん』

悪魔くん―貸本版

悪魔くん 貸本版』

出版社:チクマ秀版社

著者:水木しげる

原典:『悪魔くん』全3巻(東考社・1963‐64年)

 

<ぞんざいなあらすじ>

 社長の息子の家庭教師を命じられたサラリーマン・佐藤は奥軽井沢へと向かう。そこに待っていたのは、悪魔を呼び出す研究に没頭する天才少年・松下一郎こと悪魔くんであった。カエル人間やヤモリ人間を仲間に加えながら着実に目標達成に向かう悪魔くんに、世界各国の神秘家たちの影が忍び寄る。果たして悪魔は召喚されるのか?そして佐藤は悪魔くんをシャンとした凡人に更生させることができるのか?

 

 

 ぼくの趣味嗜好は、母方のふたりの叔父からの影響を強く受けており、水木しげるマンガもそのひとつである。叔父にもらった妖怪図鑑をきっかけに、マガジン版鬼太郎の復刻版単行本を買い集め、京極夏彦の小説や「怪」を読む少年時代を過ごす羽目になったのである。

 『悪魔くん』との出会いは、祖父の家にあった現代漫画全集の水木しげるの巻であった。ここには貸本版のダイジェスト版だけが載っていたのだが、それまで読んだ水木しげる作品にはないスケール感、重々しい怪奇趣味にひどく衝撃を受け、大いに気に入った。このダイジェスト版、ちくま文庫で出ているリメイク版の『悪魔くん千年王国』を愛読していたが、大先生の死去にあたりこの貸本版を改めて購入して読んだ次第である。

 ストーリー展開の壮大さはこの作品の大きな魅力であろう。悪魔を呼び出そうとした神秘界の影の歴史、アメリカやエジプトからの刺客(スフィンクス!)、蓬莱島の八仙とワールドスケールに展開される物語には、水木しげるの広い知見がふんだんに盛り込まれている。貸本版は、本来全5巻で展開する予定だった物語を、打ち切りのため3巻で終わらせている。そのためしり切れとんぼのように終わってしまうが、代わりに息もつかせず駆け足に展開するスピード感がある。

 物語中盤、ついに悪魔くんは悪魔の召喚に成功する。リメイク版である『悪魔くん千年王国』では獣のような姿だが、この貸本版ではスーツ姿のいやらしい不動産業者みたいな姿なのである。作中ではたいした能力も持たず、ただニタニタと笑い、ずる賢さだけで人から金をせしめ、ついには日本一の金持ちにまでなってしまう。私利私欲の塊がこのようなヒトの形で具現化されていることが、結局実現することのなかった悪魔くんの理想世界の美しさを一層際立たせている。搾取される側の人間として社会に対する不満もを反映させた、水木しげるの影の部分の傑作とも言えるだろう。