ミートハンガー『ステーキ!』

ステーキ! - 世界一の牛肉を探す旅

『ステーキ! 世界一の牛肉を探す旅』

出版社:中央公論新社

著者:マーク・シャツカー

訳者:野口深雪

原著:STEAK (2010)

 

 

  「これはうまい!」という焼き肉をつい最近食べたのだが、ステーキについてはいまだ感動的な出会いを果たしてはいない。子供のころはブロンコビリーでしか食べたことがないし、学生時代によく行ったビクトリアは焼き加減も選べない。今年に入って、熟成肉のステーキを含むコース料理を食べたのだが、モモ肉だったこともあってか硬いだけであった。振り返れば、そもそもおいしいステーキを食べようともしていないことが分かる。

 一方で本書の著者は、タイトル通り最高のステーキを求め6カ国をまわり、さらには飼育までする。肉を焼くだけの料理に、なぜこれほどうまい・まずいの差があるのか、本書は調理法に言及するのではなく、どんな牛がうまいのかを探求する。品種・育て方・殺し方も含め、牛が肉になる過程での差に着目するのだ。

 背景は、アメリカで大量生産される牛肉にある。穀類で急速に肥育した若い牛は確かに現代の消費量を賄っているものの、牛らしい風味に乏しく、またどれも同じ味がする。牛肉の聖地とも言えそうなテキサスであっても、風味豊かなステーキに出会うのは難しかった。

 そこで著者は世界各地を回るのである。ラスコーの洞窟壁画に描かれていることから世界最初に食べられたステーキだったであろうオーロックスを食べるためにフランスへ赴くことをきっかけに、アンガス牛で名高いスコットランド、著者が新婚旅行時に出会った最高の牛肉・キアーナ牛を育むイタリア、霜降り崇拝国日本、1人当たりの牛肉消費量世界一のアルゼンチンとわたり歩く。これらの国から得たヒントを基に、自ら牛を育てるに至る。

 結論は、草を餌として育てた牛の方が風味豊かになるが、ただ草を与えるだけでおいしくなるわけではない、というものだ。草それぞれが含む成分によって風味は変わるため、草が育つ土壌の管理も含めて、牛が何を食べるかコントロールすることが必要そうだ。しかし草で育てる場合、十分に肥育されるまでに穀物より時間を要するため大量飼育には向かない。そもそも人間に食べられないものを餌にして、人間が食べられるものにする、というのが牛の飼育の利点であったのだが、消費を前提とした食システムの中でその構造は崩れている。同時に大量生産は、風味・おいしさを犠牲にしたうえで成り立っているのだと考えさせられる。

 

 なんていう難しいことは抜きに、この本を読んでいるうちに牛肉を食べたくて仕方がなくなるミートハンガーに陥ることは間違いない。肉を焼いて、58項目のスコアシートに従い多汁性や食感、風味の評価を行いたくなる。

 この本の本体価格は2,500円だ。ぼくはこれを図書館で借りて読んだわけなので、本体価格代くらいを牛肉代に回してもいいだろう。

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 ということで、手短に近所のスーパーで一番高い肉を買ってきた。白老牛143g1,830円+税である。これを常温に戻し、水気を拭いて塩を振り、フライパンで焼く。

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 味については正直何とも…。ちょっと脂っこい感じが強く、牛肉らしさを感じるのは難しい。脂は多いけど柔らかいとは言い難い。はたしてこれは牛自体の違いなのか、ぼくの焼き方の問題なのか。しかしこれでは到底満足しきれない。牛肉を探求する旅の支度を始めなくてはならない。