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よみがえる恐竜少年『愛しのブロントサウルス』

愛しのブロントサウルス―最新科学で生まれ変わる恐竜たち

『愛しのブロントサウルス 最新科学で生まれ変わる恐竜たち』

出版社:白揚社

著者:ブライアン・スウィーテク

訳者:桃井緑美子

原著:My Beloved Brontosaurus : On the Road with Old Bones, New Science, and Our Favorite Dinosaurs (2013)

 

 ご多分に漏れず、かつてぼくは怪獣と恐竜(それとはたらくくるま)が大好きな子供だった。図書館で子供向けの本を読み漁り、東山動植物園のコンクリート製恐竜には大興奮、近所の公園を掘り返して白亜紀の大腿骨を探したものである。

 小学校低学年、テレビで見た『ジュラシック・パーク』にはびっくりした。恐竜はみんなゴジラのようにのしのしと尾をひきずって歩くと思っていたのに、琥珀に閉じ込められたDNAから再生された恐竜は前傾姿勢で、尾を高く掲げていたのだ。恐竜のイメージが覆された最初の瞬間である。

 成長するにつれ興味は中生代から現世へと移っていったが、時々目にする恐竜関連のニュースには驚くことが多い。獰猛さが売りだったティラノサウルスだって、実は死肉を漁っていたと言われたり、体表が羽毛だらけだったとする復元図が描かれたり。「古き良き恐竜」は、いつのまにかすっかり様変わりしているのである。

 それならば、最近の科学ではいったい恐竜はどんな生き物だったと考えられているのか。そんな思いに応えてくれるのがこのエッセイであり、おかげでぼくの中の恐竜少年は見事に復活を遂げたのだった。

 

 導入はブロントサウルス、カミナリ竜の話である。本書のタイトルにもなったこの恐竜は、沼地からのっそりと首を伸ばす様子とあわせて、世界で最も有名な恐竜のひとつだった。1879年に命名されたブロントサウルスはしかし、この世からすでに姿を消している。絶滅したというだけではない。そもそもそんな恐竜はいなかったのだ。首から下の骨は実はアパトサウルスの骨であり、博物館で頭として乗せられていたのはカマラサウルスのものだったのである。

 これは決してねつ造ではなく、化石でしか観察できない恐竜研究の難しさを示している。アパトサウルスの骨を別種と判断してしまったのは、それまで見つかっていたアパトサウルスとは違う成長段階のものだったからだ。別種の頭骨が乗せられていたのは、首の長い竜脚類の頭は化石となる際に体から分離しやすく、体と頭が一致した化石を見つけるのが難しいことが背景にある。いかにしてブロントサウルス=アパトサウルスということがわかり、消えて行ったのかが丁寧に紹介される。このような恐竜についての情報の更新は、様々な形で起きているのである。その象徴が、このブロントサウルスといえるだろう。

 

  第2章では、いかにして恐竜が地上の覇者になったのかを探る。恐竜のようで恐竜でない生き物が反映した三畳紀においては、恐竜はちっぽけな餌食であった。かつては恐竜が直立姿勢を取る俊敏な生き物であることが強みとなり繁栄したとされたが、そのような生き物は他にもいたことがわかってきた。三畳紀に起こった大量絶滅の際、なにかしら幸運に恵まれて生き残っただけであり、その強大な力で競争相手をねじ伏せてきたわけではないことがわかってきた。われわれ哺乳類の繁栄と似通っているようだ。

 そんな大量絶滅のあと、繁殖力の高さが功を奏し恐竜は拡大したのだが、いったいどのように繁殖したのだろう。鋭いスパイクに覆われていたり、長大な尾を持っていたり、はたして交尾などできるのだろうか。そんな疑問を出発点に、恐竜の性を考えるのが第3章だ。化石では軟組織は残らないし、見つかった骨から性別を判断するのは困難であった。しかし近年、骨の断面に含まれる組織から性別を判断する手法が見つかった。これによって、雌雄での形態差、求愛などの行動、性選択での進化の過程が明らかになりつつあるという。

 それでも著者が追及するのは、いかに交尾が行われたかだ。現生鳥類を参考に生殖器の形を推測、ついには3Dモデルを使い、その体位を探るのであった。

 

 性別はもちろん、成長過程を骨から判断するのも難しい。ブロントサウルスのように、成長段階が異なる同種の骨を比較し、新種と判断することもしばしば起きうるのである。第4章では、トリケラトプストロサウルスが同種であると判断された直近の研究を例に、恐竜の成長をたどることの難しさを紹介する。

 第5章では、成長の結果、恐竜はなぜ30mを超すアルゼンチノサウルスのような巨大な生き物になったのか、またその体を維持するためにどのような苦難があるのかを、巨大な竜脚類を揶揄しながら紹介する。進化の結果が必ずしも効率的な形態に結びつくわけではないことがわかり面白い。

 子供の成長を支えることにつながったかもしれない恐竜の集団性を第6章で説明する。集団で見つかる化石や、密集した足跡からは、恐竜が同種で群を作り生活していた可能性が見えてくる。興味深いのは同種間での争いの有無の考察だ。パキケファロサウルスが硬い頭頂をぶつけ合い争う様子は、図鑑でよく見た光景だ。しかし実際にそんなことをしたら致命傷になるのは明らかであり、近縁種の形態から判断しても、頭頂のフリルを含めて個体間の識別や、異性へのアピールとしてのディスプレイに使われたのではないかというのだ。トリケラトプス類の角も同様に直接的な戦闘には使われていなかったのではないかと示唆され、野蛮で実力主義の恐竜武闘会的な中生代イメージはここでも覆されるのである。

 

 第7章はついに羽毛の話だ。多くの恐竜に羽毛があり、また現生鳥類が恐竜の一種であることはほぼゆるぎない。ついに最近では羽毛の色までわかるようになってきており、例えばアンキオルニスの体色は黒で、頭に赤い羽根飾りがあることが解明された。このように体色が判明することで、ディスプレイなど恐竜の行動様式もさらにわかってくるのだろう。

 体色がわかることから、恐竜がどのように世界を認識していたのかが気になるところだ。視覚的・聴覚的なメッセージを恐竜は送り合っていただろうか。パラサウロロフスの頭骨がラッパのような構造で、息を吹き込むとその当時の鳴き声であっただろう音が鳴るのは有名だ。今や化石から脳の形を推測し、恐竜がどのような感覚に頼っていたかがわかるようになった。ティラノサウルスは大きな嗅球を持っていたこともあり腐肉食性の恐竜と思われたこともあった。しかし同時に前方を立体視できる目も持ち、獲物を追う狩人でもあったと今では推測される。感覚器官の推定から、これだけの特性がわかるのである。

 

 強大なティラノサウルスであっても寄生虫に悩まされたとする第9章を経て、第10章では恐竜の絶滅の原因が何であったかという論争の現在を紹介する。ぼくが子供の頃には、糞づまりが原因だとか、うっかり卵を食べすぎたとかいう眉唾物の説もあったが、ほぼ決着がついてきたような印象だ。

 

 このように、子供のころの恐竜像を最新のものにアップデートしてくれるのがこの本である。ただ情報を並べるだけでなく、実際に著者が発掘現場や博物館を訪れながら恐竜の今を紹介してくれるため、そういう「現場」に行って実物を見たいという思いも強くしてくれる。恐竜に夢中だったころの気持ちが蘇るのである。

 ブロントサウルスも蘇るのではないかと発表されている。2015年4月に発表された論文で、アパトサウルスとの間に形態的に十分な差異があると認められたそうだ。著者はこの報に喜んだのではないか。

 このようにめまぐるしく変化する恐竜の世界に今一度飛び込むには最適な一冊だ。